【シリーズ:お金に強い女性】市長じゃなくて金持ちになろうと思った:八木エミリーさん 前編

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今月より新たに「シリーズ:お金に強い女性」として笠井裕予が女性経営者やお金に強い女性へインタビューした内容を記事としてお送りします。記念すべき第1回は20代で不動産収入5000万円、今年1億円を目指している八木エミリーさんです。

 

笠井さん

八木さんの生い立ちや育ってきた環境を教えてください

八木さん

八木エミリーです、歳は来月29歳になります。

私の父が祖父から継いだ会社の経営者、母は300人ほど生徒を抱えるお茶、お花、とゴスペルの先生をしていています。3人姉妹の長女なのですが、妹は歌手兼ラジオパーソナリティのお仕事ともう一人の次女は一部上場会社で働くキャリアウーマンです。

 

笠井さん

経営者一家なのですね

八木さん

そうですね、長女だったので「将来は父の会社を継ぐ」という意識もありました。結果的には継がないのですが「将来は経営者になる」という前程ですべて思考していたかもしれません。

 

 

笠井さん

大学時代から就職までの道のりを教えてください

八木さん

父の会社を継ぐ前に一度「社会に出て社会勉強してこい!」と言われ、父と同じ業界の会社に就職するか、それとも経営的な観点やお金のことが学べる業界どちらかにしようと考え、結果後者にしようと野村證券を選びました。

野村證券は社員が「野村ソルジャー」と言われるほど厳しい会社。ここでみっちり鍛えられればどこでも通用する!と修行のつもりで決めました。野村證券で働くことが決まってから、しっかり野村證券で結果を出せるように残りの大学生活を準備期間にしようと思い大学卒業までアルバイトをしていました。

 

 

笠井さん

大学在学中にどんな準備をしていたんですか?

八木さん

営業スキルの準備です。プレゼンからクロージングまですべてバイトで学びました。

家庭教師を各家庭に派遣する会社でバイトをしていたのですが、まず社員が各家庭にアポイントをとってくれて、私が伺います。そこで家庭教師の良さをプレゼンをし、家庭教師の契約を頂くというスタイルです。

たいてい奥様とそのお子さんの前で説明をするのですが「主人に聞かないと契約できるかわからないわ」と、ご主人判断になってその場で契約が頂けないことがありました。そこで私がご主人当てにその場で手紙を書き、奥様に「ご主人にお渡しください」と手紙を託してご主人様にもご納得していただいたり、子供と仲良くすることで子供から「家庭教師やりたい!」とやる気にさせて結果ほぼ成約率100%を達成していました。

あと、これは後々に生きた経験になったのですが、東京大学のダンスサークルに入っていました。ダンスサークルなのですが、経営的なことをするサークルで自分たちで企業から協賛金をかき集めて舞台を企画したり映像を作ったりするもので、ここでもビジネス経験のようなものが積めたのもよかったです。

 

笠井さん

すごい、準備のレベルが違いますね。
野村證券に入社した後はどうでしたか?

八木さん

大学時代のバイト経験のおかげで入社後は営業成績が新人にして東海地方1位を獲得しました。しかし順風満帆というわけでもなく、当時は必死でした。野村證券時代は1日基本アポイント5件、電話対応150件、飛び込み営業50件がノルマ。また愛知県特有の「よそ者を寄せ付けない」という文化もあって、いきなり行っても会ってもらえません。なので毎日通い続け名刺を置いていくんです。その名刺の枚数が50枚担った時にやっと話を聞いてくれるという感じ。
私の入社当時はアベノミクス発足したばかり。黒田バズーカも相まって株価が面白いぐらい上がる時代だったので、毎日がジェットコースターのようでした。。。

 

笠井さん

入社して数年後に不動産投資を始めたそうですね。
きっかけは何ですか?

八木さん

まず、色々考えて父の会社を継がないことを決めました。それについては父自身も本来はやりたい仕事を諦めて家業を継いだと言う経緯もあり、父も私の判断を理解してくれました。しかしずっとそれが私の心に引っかかっていました。後ろめたさがあったのだと思います。あわせて地元がどんどん過疎化している様子を目の当たりにして、中学生頃から何かできないかとずっと考えていました。

最初は市長になればこの街を変えられるかも!と思ったのですが、よく考えば市長になると、その市から離れられなくなるのかネックだな・・・と。
そこで「お金持ちになろう!」と思ったのです。お金持ちになれば、地元にお金を支援という形で貢献できるかもしれない、また継がなかった父の会社も、もし会社がピンチになったとしても、お金で助けてあげられると思ったのです。
そこでお金持ちになるべく、不動産投資を始めようと不動産セミナーに通い始めました。25歳ぐらいの時だったかと思います。

 

笠井さん

不動産会社に100軒飛び込まれたとか?
なぜですか?

八木さん

それから毎週末不動産投資セミナーに行ったり、本で情報収集したりと、不動産投資に関する勉強をスタートしました。
同時に不動産会社を回り物件を探し始めました。当初不動産会社から相手にされなくて苦労しました。というのが
不動産セミナーに行くと大抵参加者は50代以上のおじ様たちです。20代の女子がその中に場違いのように居座っている雰囲気だったと思います。だからセミナー後の個別相談はいつも一番最後にまわされる始末。おそらく「こんな20代の女に不動産なんてどうせ買えないだろう」と思われていたのでしょう。ですので相談してもぜんぜん優良物件を紹介してもらえない。だから不動産会社に100軒以上飛び込んで物件を探し回ったんです。

 

笠井さん

それは辛かったですね・・・
物件は購入できたのでしょうか?

八木さん

愛知県の中古物件を一棟購入しました。100軒ぐらい不動産会社に飛び込んだあたりでやっと誠実で良い物件を紹介してくれる不動産会社に出会う事ができましたので!その頃同じ会社に勤める主人と結婚したのですが、夫も投資に積極的な人なので当時は夫とも週末のセミナーに通いました。そして夫と共同購入する不動産も増えてきて、現在は2人で6棟、不動産収入で5000万円になりました。

物件は新築1棟、あとは中古物件です。新築物件は物件を建てている8ヶ月間は銀行の決済を待たなければならなくて、動けないのですがそれが私にとってもどかしくて。購入までのプロセスが早い中古物件のほうが私の性格に合っているというのもあります。

 

 

笠井さん

不動産を購入するお金はどのように用意したのですか?

八木さん

もともと証券会社で株の勉強をして、株で軍資金を作りました。不動産購入を決めてから、毎月10万円給与天引きで自社株を購入していましたね。まだ入社したばかりで、お給料もそんなに高くない時でしたから、株以外にも結構追い込んで貯金していましたよ。

 

笠井さん

20代で不動産を購入したならではの
苦労って他にもありますか?

八木さん

不動産会社に相手やっと相手にしてもらったとしても、今度は銀行で融資がおりないというピンチもありました。
不動産投資をするための銀行融資を引き出す手段としては一般的に事業計画書を作成だと思うのですが、なかなかそれだけでは自分が不動産投資にかける想いが伝わりにくいと感じ、まずは融資担当者の方と仲良くなることから始めました。
私のビジョンや夢を語り、自己開示をしてプレゼンします。ときには想いを作文にしたためて出したこともあります。そうすると融資担当者の方も私の想いに共感してくれて、協力者になってくれました。

一般的に不動産投資をやるとは思えない20代の女子がいきなり融資をしてくれと言ったら「この子本当に大丈夫?」ってなると思いますが、逆に若さを活かして「若いこの子を夢を応援してあげよう!」って気持ちになってくれた瞬間が嬉しかったです。

 

笠井さん

後編につづきます、お楽しみに!

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