【シリーズお金に強い女性】吉永さくらさん【前編】今から40年前、何もない田舎で在宅仕事と地域文庫設立まで駆け抜けた!

Asian mother holding her daughter at seaside.

 
笠井さん
【笠井】
今月から来月にかけて【シリーズお金に強い女性】はマネーキャリア養成講座第4期を受講された吉永さくらさんにお話しを伺います。吉永さんは…私が今まで講座を開催してきた中で最高齢の受講者です!
 
ダイバーシティや、多様性という言葉が存在しなかった時代、もちろん、ロールモデルとなる人物もいないなか、自力で道を切り開いていきてきた吉永さん。私はその生き方にとても感銘して今回インタビューさせて頂きました。吉永さんの生き方は、「お金」よりも「キャリア」という観点で、現代の女性たちを勇気づけてくれるでしょう。
 
吉永さくらさんは現在60代ですが、気持ちや気概は我々40代、いやそれ以上に若くアクティブでいらっしゃいます!吉永さくらさん、自己紹介をお願いできますか?
吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
はい、今は損害保険、生命保険を扱う募集人として代理店と提携して業務を行なっています。現在は、68歳です。
笠井さん
【笠井】

吉永さん、その保険のお仕事も始められたのが55歳の時なのですよね?

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
ええ、たまたま知り合いに勧められたのです。その事務所に気難しい人がいたらしく、その人のせいで若い子がやめちゃうから、きてくれないか?と。
さらに損害保険に加え、生命保険も業務として始めるから、経験者が欲しいと。
私は過去に車や生命保険は扱ったことがありますが、難しい新種の保険や賠償保険は経験がなく、そのお仕事は無理だとお断りしようかと思ったのですが、もう半ば仕方なく、、、という感じて始めたのです。(苦笑)
笠井さん
【笠井】

しかし、すごくそのお仕事で高額の契約を取り付けたりすごく結果を出されていると聞きました。

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
はい、色々お客様の相談に乗っているうちに、次々とご成約頂けるようになり、もう大変です!難しい新種の保険や賠償保険は経験がなく、本当に勉強しながら営業して、、の繰り返しです。
笠井さん
【笠井】

どうして初心者でそんなに結果がだせたのでしょうか?

吉永さんアバター (1)【吉永さん】
私はただ、お客様の相談に乗っていただけです。相続の相談とか、不動産の扱いの相談とか。あとわからないことは勉強して、その内容をお伝えしていく、その繰り返しですね。
笠井さん
【笠井】

相続とか、不動産はもともと詳しかったのでしょうか?

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
相続は勉強してお客様にアドバイスしました。不動産に関してはOL時代、設計部門で組立図や板金図を書いていました。結婚後もパートで区画整理の宅地開発の会社でパースを引く仕事をしていました。さらに製図の勉強をし、製図台を購入して建築設計や機械設計の仕事も取り入れて請け負いました。特に宅地開発の調査で不動産に詳しくなり、そのあたりの経験からアドバイスさせていただきました。
 
笠井さん
【笠井】
どうやら保険の成約をバシバシ取れる理由は吉永さんの過去にありそうですね!

吉永さんのOL時代から遡ってお話しをお伺いできますか?

 
吉永さんアバター (1)【吉永さん】
上記のようにOL時代は設計事務所の事務として働いていて、さらに結婚後もパートで区画整理の宅地開発の会社でパースを引く仕事をしていました。
パースを引く仕事は楽しかったのですが、その後主人の実家から「実家へ戻るように」と呼び寄せられたのです。行きたくありませんでしたが、泣く泣く山口の田舎に移り住むことになりました。姑から「仕事はしないで」と言われていたのですが、結局、宅地開発の会社から仕事を手伝って欲しいといわれまして在宅でこっそり仕事を続けていました。私としてもとても面白い仕事だったので家族が寝た後、夜中にコッソリ仕事をしていました。これはかれこれ20年ぐらいやっていましたね。
笠井さん
【笠井】

姑さんの目を盗んで20年も在宅で仕事をしていたとは!
まるで在宅の先駆けですね。

 
【吉永さん】
仕事も続けたかったし、求められるのであればやろうと。そしたら20年経っていた感じです。
しかし、CADの時代になりましたから、手でパースを引く面白みがなくなりましたので、その時にやめました。27歳から45歳まで続けましたね。
笠井さん
【笠井】

では27歳の頃から45歳までパースを引く仕事を在宅で行い、
それ以外にお仕事や活動はされていなかったんですか?

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
姑に呼び戻された実家は本屋さんも図書館も何もない田舎でした。子供に絵本を読んでやりたいと思っても、他のお母さんと話したくても場も何もないところでした。そこで子育てするのにいろんな人と交流できる空間。小さな子供たち、そして若いお母さんのための交流場、ミニ図書館をつくりたいと行動していました。
 
地域の人たちに声をかけ、絵本の勉強をしたりバザーをしたり、大手企業の助成金に何度も応募して、審査にとおり、助成金のおかげで夢だった地域文庫の場所をつくることもできました。地域文庫を作れた時は感無量でした。35年以上経った今もその場所では若いお母さんや子供たちが本を借りたり読んだりする場になっています。
笠井さん
【笠井】

サラッとまとめられましたけど、すごい事ですね!

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
企画するのが好きなんです。笑
また実現していくまでの夢への努力は楽しかったです。
笠井さん
【笠井】

少し話は戻りますが、在宅仕事や、地域文庫の設立を経て、
どうして保険営業に飛び込んでいったのでしょうか?

吉永さんアバター (1)
【吉永さん】
子育てが一段落した頃に、損害保険代理店オーナーに声をかけられて営業経験ゼロの状態でこの世界に入ったのです。
正直最初は好きな仕事じゃありませんでした。普通なら研修を受けてから営業に入るものだと思いますが、仕事を始めてからの試験、研修、そして営業活動でした。でも最初は全然契約はとれないし、自分は向いていない、やめたほうがいいんじゃないかと思うぐらいどん底が続きましたね。そんなときにふと手にした1冊の保険営業の本から変わっていったのだと思います。
笠井さん
【笠井編集後記】
吉永さんの時代は「キャリアウーマン」という言葉もない時代です。ロールモデルもいない中「こうなったらいい」という夢と理想をひたすらに突き進んでいく印象でした。
そんな実行力のある吉永さんが55歳にして飛び込んだ営業という仕事でとても苦悩しますが、ある本との出会いで大口契約をバンバン取り付ける営業ウーマンに大変身します!その内容は次回お話しますね、お楽しみに(^^)
 

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